がんばらにゃ2016年12月号
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食にまつわるちょっとした疑問について科学ライターの松永和紀さんがわかりやすくお伝えします。Vol.33PROFILE食品の安全性や環境影響等を取材している科学ライター。京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。消費者団体「FOOCOM」(フーコム)を設立し、「FOOCOM.NET」(http://www.foocom.net/)を開設した。2012年『お母さんのための「食の安全」教室』(女子栄養大学出版部)を刊行。松永 和紀さん お正月のお餅、とても楽しみですね。お雑煮、海苔巻き、安倍川餅…。福井では、年末にお餅つきを楽しむ家庭も多いと聞きました。うらやましいなあ。でも、迷いませんか?カビが生えた鏡餅は、食べて大丈夫?判断は、なかなか難しいのです。鏡餅は、寒い乾いた部屋にカビの増殖防止に工夫 なぜ、カビは生えるのか?空気中にじっと目を凝らしてもなにも見えませんが、カビの胞子が飛んでいます。胞子は、落ちたところに適度の水分や栄養分、酸素があり、20〜30℃程度の気温であれば発芽し、菌糸を延ばし増殖します。そしてまた、胞子を空気中に飛ばします。 冬場も、夏に比べれば数は少ないですが、カビの胞子が飛んでいます。比較的暖かい部屋に置いてあるお餅は、栄養たっぷり、水分もあり、カビが生えやすい条件。とくに、鏡餅はみかんやウラジロ、時にはするめや昆布まで一緒に飾られますので、カビを防げません。いつも、おばあちゃんに「餅のカビは体には悪くない。縁起物なんだから、しっかり食べなさい」と言われて食べたっけ。 たしかに、カビの中には無害なものが多いですし、人の生活に役立つ種類もあります。酒や味噌造りなどに欠かせない麹はカビの一種。医薬品を作るカビもあります。しかし、強い毒性物質、発がん物質を作る種類もあり、できた有害物質は「カビ毒」と呼ばれます。カビ毒は、加熱しても分解されません。餅に付きやすいカビは無害なものが多いと考えられていますが、空気中を飛んでいる胞子の種類はさまざま。毒性物質を作るカビが餅で増えていないとも限らず、外見からは、判断がつきません。 昔は、カビが付いている部分は削ればいい、とも教わりました。しかし、カビの菌糸は肉眼では判別つかないところにも伸びており、そこで毒性物質を作っていない、とは言い切れません。したがって、現代の食品衛生の専門家は「カビが生える前に食べましょう。カビが生えたら捨てましょう」と言います。餅だけでなくパンなども同様です。 カビ毒の研究は急速に進んでおり、FAO(国連食糧農業機関)は、世界の食べ物の25%がカビ毒で汚染されていると見積もっています。食品の冷凍や冷蔵管理が進んでいる日本は、開発途上国に比べれば汚染率は低いと考えられますが、侮ってはいけません。 とはいえ、昔からのならわし、食文化も大事にしたいもの。「鏡餅は捨てましょう」とは言い難い。私は、尋ねられれば「年1回のことだし、まあ仕方がないですね。なるべくカビが生えないように、寒い乾燥した部屋に飾って、鏡開きの時には、カビの生えていないところを食べましょう」と答えます。 ただし、私は食べません。「一番嫌いな食べ物は?」と尋ねられたら、「カビた鏡餅!」と答えます。カビ毒が心配なのではなく、味やにおいがイヤなのです。だから、私の家ではお正月には毎年、包装した小餅が入ったプラスチックの鏡餅を飾っています。 なんだか、風情がない。家で餅つきをして鏡餅を飾る福井の方たちのくらしに思いを馳せながら、でも、仕方がないと感じます。人それぞれ、なにが大事かは異なるもの。この記事を、判断の参考にしていただければ幸いです。食文化も大事にしたいそれぞれに判断をカビの増殖は避けられない主なカビ毒の種類汚染されやすい食品人体への影響食品を汚染する主なカビ毒デントコーンは、日本で野菜として食べられるスイートコーンとは種類が異なり、異性化液糖や工業用のりの原料となったり家畜の飼料などとして用いられる。さまざまなカビが毒性物質を作る。カビの増殖を防ぐために、栽培や加工マニュアルなどが農林水産省などで作られ配布もされており、生産者・事業者は実行している。一部のカビ毒については、残留基準値も設けられている。出典:農林水産省、食品安全委員会資料などアフラトキシン類発がん性。肝臓や腎臓に影響。発がん性があるとの見方も。大量に摂取すると嘔吐や食欲不振。少量を長期に摂取すると、免疫系に影響する。大量に摂取すると、消化管の充血、出血、潰瘍などを発症。新生児で催奇形性。動物実験で、発がん性があることも確認されている。デントコーン、ナッツ類、落花生など麦類、豆類、果実、コーヒー豆、カカオなど麦類などりんご果汁デントコーンなどオクラトキシンAパツリンフモニシン類トリコテセン類(デオキシニバレノール、ニバレノール、 T-2トキシンなど)2016.12月号4

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