震災復興支援活動(2014年度取り組み)

震災復興支援活動報告

東日本大震災 復興支援活動募金へのお礼

今年も利用割戻金では、多くの組合員の皆さまから多額の募金をお預かりしました。誠にありがとうございました。

  • 人数  2,452人
  • 金額  2,484,829円

被災者、被災地復興支援のために使わせていただきます。

福島スタディツアー報告

福島県の復興状況について視察を行い、組合員の皆さんに現状を伝えるとともに、今後の支援のあり方について考えることを目的に、7/28(月)~29(火)に『福島スタディツアー』を実施しました。

1階部分が津波で破壊され、そのままの状態の家屋(南相馬市)

コープふくしまの今野理事長ほか3名の方に同行していただきながら、被災地を案内していただきました。

防波堤が破壊された村上海岸や壊滅的被害を受けた松川浦漁港、原発事故後避難指示区域に指定された飯館村、仮説住宅がある新地町など、その場その場で説明を受けました。

見渡す限りの草原は、かつて住宅街だった
(南相馬市)

 

 

 

原発事故が起こったことで、復興が岩手県や宮城県に比べて遅れており、「“普通の生活に戻りたい”と願っても、その実現は困難なので、被災された方々の心に寄り添っていく活動を続けています」との今野理事長の言葉に、震災と原発事故が福島にもたらした問題の大きさに言葉がでませんでした。

帰宅困難区域の浪江町の入り口は通行禁止

コープふくしまでは、継続的な放射能学習会を実施したり、実際の食事に含まれる放射性物質量の測定とホールボディカウンタ(現在の内部被ばくの量がわかる調査)の組み合わせで、放射能汚染への理解向上の取り組みを進めています。「科学的に物事を見て、数値を理解し、自分の物差しを持って福島で生きていく材料にしてほしい」とコープふくしまの渡邊理事は話されていました。

訪問のお礼にと、坂井きらめきグループホームの利用者さんと職員が手作りしたコースター(約50枚)をコープふくしま 今野理事長にお渡ししました。

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2014年度ボランティアバスツアー報告

6/20(金)夜~22(日)夜にかけてボランティアバスを運行し、岩手県陸前高田市において総数28名(男性15名・女性13名。内、東日本被災地ボランティア活動が初めての人は13名)で活動に取り組みました。

【6/21(土)】

NPO法人「再生の里ヤルキタウン」が運営管理しているコミュニティ広場の「花画廊」で、いわて生協のボラン ティアの方々とともに除草作業をしました。一面の花畑が雑草に覆われていましたが、除草したところはとてもきれいな花畑になりました。

「再生ヤルキタウン」は、「憩える 集える 元気を発信する みんなのコミュニティ広場」をめざして、地元の有志の方々が創設されました。花畑や野菜畑、 オープン広場、カフェや店舗もあり、今は子ども達が集って学習できるスペースを準備中とのことです。陸前高田市を蘇らせる発信源として、元気と魅力を取り戻して次世代に繋がる新たな発見と交流人口拡大をめざされています。

「花画廊」での除草作業


「花画廊」完成イメージ



「花っこ畑」での除草作業


奇跡の一本松

【6/22(日)】

この日の活動場所は、個人でオープンガーデンづくりをされている「花っこ畑」です。新しい庭を作るための場所での草取りや側溝での除草作業、刈られた芝の処理などをしました。津波ですべて流された土地に、再び花を咲かせようと活動されており、被災された方々が花や土いじりで気を紛らわしたり、話ができるところになっています。「人間だから、(震災のことを)忘れてしまうのはしようがない。でも、ボランティアに来られることで、また思い出して、周りの人たちに伝えてください」と、代表の吉田さんが話されました。陸前高田市の海岸近くは更地で、至るところに高台の造成工事が行われていました。巨大なベルトコンベヤーが頭上高く、あちらこちらに繋がっていて、遠くの山からの土が運搬されていました。

「被災された方々の生活再建はまだまだなんです。」と、「再生ヤルキタウン」の理事長 熊谷さんは何度も口にされていました。

<参加者の声>

  • saiseinosato_20140621

    住民の方が歩いているところを見ることはほとんどなく、活気が感じられない状態だからこそ、住民の皆さんが気軽に集まり談話するスペースが必要なんだと感じました。住民の皆さんがこのコミュニティスペースに集まり、話をすることで少しでも笑顔になることをイメージしながら作業に取り組みました。

  • 見渡す限りの更地に驚きを隠せませんでした。復興支援の気持ちがさらに強くなるとともに、自分にできることを無理なく続けていこうと思いました。
  • 4年目に入っても、生活再建はまだまだ大変だと感じました。「忘れないこと、時に思い出してほしい」との言葉に、胸が締めつけられました。